マビノギハァンタジーライフ

アクセスカウンタ


このブログはマビノギC3以前の記録であり、現在とは異なる部分がございます。
ご了承ください。

zoom RSS 「面白すぎる」「ハマりすぎる」ゲームは普段の生活に影響をもたらしていますか?

<<   作成日時 : 2010/05/26 01:32   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

数々のゲームを個人レベルで考えた場合、「クソゲー」と判断するのは容易で、
それをプレイしないことによって自分が受ける「影響」を能動的に避けることができますが、
「面白い」「ハマる」ゲームに関しては、自分からその世界に入っていくことになるため、
影響を受けることは避けられなくなります。
 
良し悪しは別として、です。
 
こうした選択は人間の意識によるものであり、ゲームが何か不思議な力を発して
人々を操ったり、行動を支配したりしているわけではありません。
 
 
「面白い」ゲームは第一に、自分でプレイしていて楽しめるという好影響があり、
友達に勧めたり一緒にプレイしたりすることで、それがますます高められていきます。
 
こうしてゲームが日常生活の一部となり、浸透していきます。
 
ある人は1日1時間、ある人は3時間、ある人は12時間、ある人は24時間と、
人によってプレイする時間に違いはあっても、それが習慣になっているのなら、
ゲームをする行為(ただの遊びでも)も立派な「生活習慣」ということができます。
 
 

「度が過ぎると」問題になる。

普通、オンラインゲームをプレイしていても問題が起こることはなく、
むしろゲームならではの「現実世界では決してできない遊び」に参加することで
解放感や快楽を味わったり、日常生活の問題に対処したりできるなどのメリットがあります。
 
これが「仮想世界」を舞台とした多くのオンラインゲームにおける理想的な生活様式であり、
誰もがそれを実践している…………といいのですが、現実は違っています。
 
「現実の生活に支障をきたすほどゲームに没頭」している人もいます。
ゲームのほうが日常になり、「ひきこもり」になってしまうこともあります。
 
学校や職場へ行くのも面倒になり、成績や業績が落ち込み、退学や解雇通告を受ける、
あるいは自分から進んでやめていくことさえあるといわれています。
 
人間の体は、ゲームの世界だけで生きていくようにはできていないことは明らかです。
現実世界で居場所を失ったら、その後どうなってしまうのでしょうか?
 
 

「ゲームが面白すぎるのがいけないんだ」。

自分の行動に責任が持てず、生活の崩壊を招いたのは結局は自分自身ですが、
「悪いのは自分じゃない。面白すぎるゲームがいけないんだ」という気持ちも、わかります。
 
それほどまでに夢中にさせるゲームが世の中にあるのですから!
 
極度に好意的に考えると、オンラインゲームについての認識が歪められてしまいますが、
その人にとっては「第一の人生」と思えるほど魅力的なものなのです。
 
ジョークとしても失笑を買いそうな話ですが、
これが現実に起こっていたら、やはり笑えないと思います。
 
 

ゲームに責任はあるか。

そもそもゲームをプレイすることが「義務」ではないので、
原則的に責任は生じないと考えられます。
 
仮に「ゲームのせいで俺は職を失った! 責任を取れ! 訴えてやる!」としても、
裁判は成立しないのではないでしょうか。
こんな内容で一つでも判例を作ってしまうと、社会がとんでもないことになりそうです。
 
ゲームの運営会社にとっては「想定外」の事態かもしれませんが、
この点は、特に憂慮すべきではないと思われます。
 
 

自己責任「以外」でできること。

オンラインゲームはほとんど例外なく、常に第三者の存在が何らかの形であります。
終始「ソロ」でプレイしている人もいますが、その様子は誰かに見られているかもしれません。
(第三者の影響を100%遮断したければ、オンラインゲームをやめるしかないでしょう。)
 
そして、もし交流する機会があったときには、差し支えのない範囲で気づかいを示し、
安否を確認するというか、関心を持っているということを「それとなく」伝えてみるのです。
 
当然、「余計なお世話」となることもあります。
ですから、誰彼かまわず声をかけるのではなく、親しくなった相手に対してするのです。
 
日本語を理解できて文字入力のできる人であれば、いつかは必ず接点を持てるはずです。
 
もちろん、こちらが挑発的な態度をとったり、相手をばかにしたりするのは禁物です。
そのようなことをする人のほうに問題があっては困りますからね。
 
 

そう簡単にはいかない。

面白いものは面白いし、楽しいものは楽しい、ハマるものはハマるものです。
 
しかし、たとえゲームといえども、それだけですべては済まされません。
 
お金や時間の多くをゲームに費やしたとしても、本人にとっては「よいこと」なので、
この点を否定することは誰にもできないのです。
 
二人が同じ金額と同じ時間をかけても、同じようにはならないのが現実なので、
ここに競争心が芽生えることになります。
 
「競争すること」もゲームの要素の一つであるので、やはり否定することはできません。
 
 
人は誰かから認められたり、肯定されたりすることを欲望の一つとして持っていることがあります。
 
そのようにして成長が促進され、よい結果をもたらすことがあるというのは、
数え切れないほど多くの既成事実として誰もが知っていると思います。
 
しかし「度が過ぎれば」、それは間違った方向へ進むことになりかねません。
 
「否定」されれば、少なからぬ落ち込みや落胆を生じさせるかもしれず、
成長に対して妨害的な作用をもたらすことも、また事実です。
検索等でこのページに来られた方へ。→→トップページはこちらです。←←

新しいブログはこちら→→マナビノギ

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
「面白すぎる」「ハマりすぎる」ゲームは普段の生活に影響をもたらしていますか? マビノギハァンタジーライフ/BIGLOBEウェブリブログ
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...
文字サイズ:       閉じる